イラストレーター秋山亜軌の日記を中心としたブログです。イラストレーターとしての活動報告をはじめ、美術や映画、音楽の話、興味のある出来事など、幅広い話題を独自の意見を絡めて執筆しています。

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プラド美術館展

プラド美術館展はぶっちゃけ面白くなかった。なんていうか振り返るといい作品はたくさんあったにも関わらず、似たようなジャンルの作品が多く(光と影系、肖像画系)、あの美術館の構造上、階段を上り降りさせられ、非常に疲れました。ゴヤのラスト二枚とメレンデスの静物画が収穫だったかな。ゴヤの宮廷画家時代の絵はあまり面白くないけど、「アブランテス公爵夫人」はすごく美しい絵でした。色もそうだし、筆の置き方にも卓越したものがあった。ラストの「魔女の飛翔」なんて、すごくちっちゃい絵なんですが、圧倒的な存在感を放ってて、メインを張るにふさわしい絵でした。とても不思議な絵で何を隠喩しているのか僕にはわからないけれど、あの絵の魔法にかかってしまったのは事実。あれが見られただけでも満足でした。
メレンデスの職人的な静物画には驚いた。見事に質感を描き分けていました。水差しにおける大胆な白の置き方に画家の自信を見た気がしたな。
その他でも、よかったのをいくつか挙げましょう。
ウチのブログでも検索数が顕著に伸びてきているグイド・レーニの「クレオパトラ」という作品。(グイド・レーニの知名度は「美の巨人」で取り上げられてから、一気に伸びてきた感があります。フェルメールの「真珠の耳飾り」の構図にそっくりな絵をフェルメールより先に描いていて、影響を与えたのでは?と云われています。)
ムリーリョの絵はどれも、優しさと包容力があって、改めていい画家だな、と思いました。スケール感は大きいけれど、それを強さや迫力で魅せるのではなく大きい愛で包み込むように魅せてくれる。癒されました。
リべーラの「ミスターダンディズム」とでも呼べそうな渋いおっさんの二枚の絵もよかった。哀愁漂ってました。皺を描くことに命を懸けていたように思います。それくらい、皺の線に人生の重み、画家の気合い、怨念がこもっていました。
あとエル・グレコも本領発揮ではなかったけど、大きいので一枚いいのがありました。やっぱりあの人は大きい絵で才能が開花する人ですね。あのしなやかな筋肉の描き方は好き。壁画クラスの大きい絵じゃないと映えないなあ。神の世界を描いているわけで。
そういえばティッツァーノのサロメもよかったな。ヤン・ブリューゲルだってよかったし。
いい絵は本当多かったのに全体通すといまいちなんだよなあ。なんでだろう。ベラスケスはつまんなかったなあ。
もう一つついでに云うと、あのカラバッジョの絵かもしれない誰の絵かはっきりしていない絵がきてました(一応セロディーネ作となってはいましたが。)これは非常に興味深かった。僕はあれはカラバッジョの手によるものだと思う。見に行った方、どう思われましたか。

プラド美術館展チケット

フランシスコ・デ・ゴヤ/魔女の飛翔

フランシスコ・デ・ゴヤ/アブランテス公爵夫人

ルイス・メレンデス/ポデゴン:プラム、イチジク、パン、小樽、水差しなど

グイド・レーニ/クレオパトラ

ムリーリョ/エル・エスコリアルの無原罪の御宿り

  1. 2006/05/02(火) 01:30:44|
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生誕120年藤田嗣治展―パリを魅了した異邦人―

fujita.jpg

藤田展行って参りました。最高でした。
入場規制まで出て、開放時間も延ばすという、日本人の美術展としては異例の盛り上がりを見せています。ゴッホ展に匹敵する盛り上がりっぷりですね。
それもそのはず、ここでも何度か書いてきたように藤田の著作権は今まで完全に君代夫人の手によって、制限されていました。そして、それは戦争という大きな闇を避けては語れない話なのです。藤田が日本を捨て、フランス側についたと決め付けた当時の日本は藤田も作品も無視するようになり、藤田はそんな日本に見切りをつけて、フランス国籍を獲得する。藤田が戦争を賛美していたとか、陸軍だか海軍のスパイだったとか、様々な憶測が飛び交い、藤田の死後、君代夫人は著作権を封印します。日本での藤田の個展開催は、盛り上がるだろうけど、絶対不可能。それが美術界の定説になっていました。今回も君代夫人の気が変わらないか学芸員はヒヤヒヤしていたそうです。
もちろん日本が藤田を捨てたという君代夫人の気持ちもわかります。戦争は一個人の思想や意思などいともたやすく飲み込んで、右向け、右と同じ方向にまとめあげようとコントロールしようとします。今でも年配の方の中には非常に残念なことに藤田という画家に嫌悪感を持っている人もいると聞きます。僕は戦争が終わった平和な時代に生まれたので、何かに支配されたり、有無を言わさず誰かに従ったり、或いは強いマインドコントロールを限られたメディアの中で受けることもなく、そのかわり大した愛国心もありません。だから、当時の戦時中、戦後の日本を想像の範囲でしか、語ることはできないけれど、きっとどっちが悪いとか誰が悪いとか、そんな生易しいものではないのだと思う。誰もが被害者であったろうと思います。そして藤田自身もその時代に翻弄された一人です。
できれば藤田の「作品」だけで感想を書きたかったんだけど、この人の作品の遍歴を語る上で戦争画を経て、愛と平和というテーマに辿りつくので、ここは外せないと思い、前置きを入れました。これでやっと作品の話に入れます。ふう。
この美術展を開く一番の意義として感じたのは、なんといっても、藤田嗣治絵画の全貌が明らかになったということだと思います。普段、色んな美術館で1、2点バラで見られることはあっても一堂に会すということがなかったため、僕の中でも藤田の持つカラーというのは、乳白色の下地に細線というイメージ(それもかなりあいまいなイメージ)しかありませんでした。しかし、今回の美術展を通して決してそれだけの人ではないと思いました。個展、一人の人が作り上げた世界にして、これだけの幅の広さを持っている人は、そうはいない。
個人的にはダリやピカソと似たような性質を持った画家ではなかろうかと思います。去年見た佐伯祐三の個展を見たときは自分のスタイルを見つけるまでの格闘の記録で、ものすごく、水面下の努力が見えるなと思ったけれど、藤田の場合、他者に影響を受けるものの、それらをあっという間に消化し、自分の色に変えてしまう、そんな天性の才能を感じました。
前半、比較的凡庸な自画像から始まるのですが、そのあとすぐキュビズム、エジプト美術を取り入れ、モディリアーニ、ルソーから着想を得たと思われる数点が続き、そのあとすぐに乳白色の世界に突入。
これだけまとめて乳白色の絵を前にするのも、もちろん初めて。「美の巨人」で取り上げられた自画像より、魅せられてしまったのは、1連の裸婦のシリーズ。
この人の描く裸婦は何か特別なものだと感じました。それは乳白色のつるつるの下地と細線という藤田の絵画の特徴に最も寄り添ったモチーフだからなのかもしれない。藤田のここでの線のすごさは、線をほとんど一本で引いていること。90センチくらい線のつぎはぎが見当たらないのです。これには眩暈すらしました。神業です。線というのは一本で引ければ、強弱をつけなくてもあれだけ人を魅了できるものなんだと目から鱗が落ちる気分でした。
乳白色の絵肌は女性の美しい肌としてそのまま機能し、裸婦の柔らかい輪郭は細線の繊細さを打ち出すために最もしっくりきているモチーフだと思いました。
しっかり目的と手段を選んで描いている藤田の自己プロデュース能力の高さを感じました。あの摩擦の少なそうなつるつるの絵肌に触れてみたい、何度そう思ったことか。西洋の絵を見慣れた目には、全くジャンルも次元も違うものに見え、同じ絵画とは思えなかった。あの乳白色の下地には様々な工夫がされていて、それは絵によっても違うのですが、膠(にかわ)鉛白、炭酸カルシウム、バリウムなどが検出されたそうです。しかし、藤田の細線は墨を面相で描いたもの、水性の墨をどうやって油性のキャンバスに定着させたのか、その方法は未だ完全には解き明かされていません。
「アンナ・ド・ノアイユの肖像」という絵がすごかった。人物を真ん中に一人配して、あとは余白という非常に度胸のいい絵。あれは画家に相当な自信がなければかけない絵。服の装飾の緻密さ、デッサン力をあからさまに見てくれよと云わんばかりの絵でした。
「ライオンのいる構図」という非常に大きい絵があって、この絵の対になる絵がもう一枚あるそうですが、修復の済んだこちらの絵だけがきていました。両方そろったところも見てみたいですね。この絵はシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの壁画を見てトライしようと思ったのではと言われています。
続く「三人の女」という悪趣味で下品な絵も藤田らしくなくて逆によかったです。すごく油彩べったり乗せているのは異質でした。あれは僕的には西洋の絵に対する皮肉めいた絵じゃないかな、なんて思いました。
その後の、「死に対する生命の勝利」はトロンプルイユとシュールレアリスムの要素を持っている絵。またその次の「眠れる女」は乳白色とほとんどベタの黒による激しい対比。
この短い期間に藤田はこれでもかというくらい様々な実験を試しています。
藤田は新しい芸術を求め、18年住んだパリから中南米に渡り、リベラ(フリーダ・カーロのだんなさん)と交流を持ち、彼の壁画に強く惹かれていきます。メキシコ時代の藤田の絵は写実性と色彩の鮮やかさを追求したものでした。この頃の絵画には壁画=公的な場で大勢の人に共有される芸術、という図式を汲みいれた側面があり、イラストレーション的な要素が強く、僕にはあまり響かなかった。鮮やかさが増した分、細線の魅力が半減してしまったような気がしました。
ただこの頃の藤田の絵を注意深く見ていると、生活感がどの絵にも表れていることに気付きます。色んな生活用品がランダムに散らばっていて、どことなく賑やかで楽しそうで、きっと人間の生活の風俗的な面を描きたかったのではないかと思います。そこには下町育ちの江戸っ子気質がよくあらわれているんじゃないかな、と思いました。日本に戻ってきてからの彼の絵にも日本の文化を愛している気持ちがとても伝わってきます。「我が画室」「自画像(1936年)」などをみるとそれを強く感じます。そのあとの猫がたくさん乱舞する奇妙な構図の絵、文字通り「猫」という絵や、「Y夫人の肖像」も見事で優雅だったことを付け足しておきます。
そして、照明がやたらと暗い戦争画コーナーに引き込まれていきます。急にカオスが降りてきたように明らかに異質な雰囲気を放っている、その部屋には藤田の戦争画をまとめて展示しています。
ここで一気に目が覚めた気がする。この戦争画を見て、プロパガンダ的に気持ちを奮い立たせられるとは考えにくいし、かといって反戦的とも思わなかった。ただ、そこには有無を言わさない迫力と圧倒的な力強さを持つ絵画があるだけでした。中でも「アッツ島玉砕」と「血戦ガダルカナル」の迫力はすごかった。これまでの藤田絵画からは想像できない厳しさと緊張感のある絵でした。藤田がドラクロアに対して熱弁したことがあったそうですが、戦争がよきにせよあしきにせよ、こうした重いテーマの群像劇を描ききるということに藤田はチャレンジしたかったんだと思う。スタイルこそ全く違いますが、藤田の乳白色シリーズで見せる細線とこの重く暗い色調の戦争画に見られる緊張感、あい通じるものがあると思います。それは芸術的というよりは日本人的な職人のプライドを賭けた闘争だったのではないでしょうか。いろいろ藤田の戦争画には賛否両論あると思いますが、素晴らしい芸術は意味を超えるものであってほしい。この絵を単にプロパガンダの道具や反戦メッセージの絵と括ってしまうのはもったいないことだと思います。現に僕の隣で見てた年配の婦人は、戦争そのものの話をしだして、絵自体について何も見れていないと思った。なんかそういう見方しかその時代の人はできないのか、と思ってがっかりしました。
戦争画シリーズを抜けると、レオナールフジタ(洗礼名)時代の作品に突入します。いよいよ後半戦。ここから藤田芸術は更に幅を広げ、深みを増し、より唯一無二の存在へと進化していきます。
サロン・ドートンヌで出品した全ての作品が入賞したのもうなずける。今までの藤田の絵で充分満足していたのに、後半の藤田の絵はそれを軽々と飛び越えてしまうものでした。まるで、ここまでの藤田の絵は単に種まきで、それがここにきて開花したように、今まで培ってきたものを全部ぶちまけてやろう、そんな気合を感じました。まさに集大成。「優美神」の花の華麗な色彩にはじまり(エデンがあるなら、こんなところであってほしいと思わせるほど色彩が鮮やかで美しい。この絵ほんと好き。)「私の夢」では、トレードマークの猫だけではなく様々な動物が登場し、乳白色の頃の裸婦にリベラの色彩をプラスしたような展開を見せています。
しかも今までのものを単に組み合わせるだけでなく、新しいものに常にチャレンジする、それが藤田なのです。ここには童話的な要素もその姿を表していきます。「動物宴」「ラ・フォンテーヌ」なんかはまるでピーターラビットの世界。
それからこれも後半、キーとなる事柄なのですが、藤田には生涯子供がいませんでした。そのせいかこの頃から、絵の中にだけ登場する自分の子供がたくさん描かれるようになる。藤田の絵には戦争画の時に現れた強さとは全く別の優しさや愛が溢れ出ていました。それが最初に現れるのは「二人の祈り」という絵です。
ここから展示されている作品は捨て絵がないといってもいいくらい良作が多いです。チケットにも印刷されている「カフェにて」は間違いなく傑作だし、「すぐ戻ります」は藤田流のユーモアがたっぷり詰まっている面白い作品だし、「ジャン・ロスタンの肖像」はノーマンロックウェルのようにいい雰囲気と写実主義を打ち出した作品になっています。
そこから、愛と平和というテーマが似合いそうな子供たちのシリーズが始まり、「小さな主婦」「朝の朝食」という子供が大人の格好をしている二枚の愛らしい絵と続きます。「誕生日」というこれもまた子供達の絵(これもすごく愛らしい。女の子に人気ありそうな絵。)。子供達の絵はまだまだ続きます。「アージュ・メカニック」「校庭」。ここからは子供達を小さな何枚もの厚紙やボードに描いたシリーズもの「フランスの富」「小さな職人達」が展示されます。子供達が様々な職業の格好をして働いている連作もの。そこには実際には存在しない子供に対して未来を託すような気持ちを読み取ることもできます(藤田にとっては作品に未来を託すということですが。)。藤田にとってこの頃アトリエに遊びに来る子供達に囲まれて過ごすことが、とても心を癒してくれる時間になっていたのだと思います。戦後の日本に捨てられ、フランス国籍に移ったものの、藤田には依然として日本への郷愁がありました。帰る場所が無く、自分が何人かもわからない、そんな状況になればきっと家族の切れない絆、ぬくもりが欲しいと思うのは当然のことだと思うのです。藤田が戦争を肯定したかどうかはわからないけれど、この後半の子供達の絵を見ると、全くそんな気はしない。もし、そうだったとしても藤田が日本を愛していた日本人であることははっきりしています。とっても楽しくてかわいくて明るい絵なのに、どことなく淋しさを感じるのは、そんな背景があるからかもしれない。アイデンティティーを失うことってとても怖いことなんだな。普段僕らは日本を自分の国なのにくさしているけれど、ある日帰る場所をなくし、自分が何人かわからなくなる、そんな日がきたら、どれだけこんな国でも自分に大切だったか気付くのかもしれない。そんなことも思いました。
子供達は平面の世界を抜け出し、藤田の生活用品の様々に顔を出します。お皿、グラス、コップ。藤田のグッズコーナーはすごくおしゃれでかわいかった。
ラストはドートンヌ入選作品がずらりと。「礼拝」「キリスト降誕」「磔刑」「キリスト降架」。完成度のアベレージが半端なく高い藤田ですが、入選作品はさすがにその中でも群を抜いて高いです。僕はやっぱりこの並びに一番圧倒されましたね。すごすぎる。すさまじい出来ばえです。「黙示録」の3点はまた今までとは全く違った世界の展開を告げています。ボッスの「快楽の園」を思わせるような恐ろしいカオスの世界を描いているのですが、これはこれでまた画風もクオリティー的にも完成してるから驚きです。この人はほんとに死の間際まで挑戦し続け、どれだけ未開の地を切り開いていく気なんだろうと思いました。
締めの絵は「マドンナ」でした。藤田自身、最後は自分の教会を手がけて亡くなります。
こんな素晴らしい画家を眠らせておくわけにはいかない、それを本人も望んでいないはず。作品には日本に対する愛情が詰まっています。モチーフにせよ、日本の墨と伝統技法を油彩の世界でぶつけたことにせよ。そして自分の技量を子供が大人の前で自慢するように、藤田の絵には常に画家、職人として自分はどこまでできるのか、その自負が見え隠れしています。今後、藤田が日本人であることを皆が認めるよう、誇れるよう、日のあたる場所へ連れ出さなきゃ。もう僕らは戦争を知らない。そろそろ解き放たれてもいいんじゃないかな。藤田が絵の中で子供に託した未来を僕たちは生きているのだから。

(ちなみに岡本太郎の実力を見出したのも藤田でした。)
  1. 2006/04/25(火) 02:36:39|
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佐伯祐三展―芸術家への道―

先日ご近所、練馬区立美術館にて「佐伯祐三展―芸術家への道―」を見てきました。
自転車で朝早く行ったのですが、平日なのにものすごい人の入り。おじいさんおばあさんがほとんどなので、あまり祝日も平日もないのかもしれないけど、久しぶりに美術展でここまで混雑してるのみました。今年の美術展の中でもかなりの人数集客したんじゃないでしょうか。
それもそのはず、東京での佐伯祐三の大規模な個展は、1978年に東京国立近代美術館で開催した没後50年記念展以来の開催。27年ぶりの大回顧展なのです。
しかも入場料はたったの500円。油彩画・水彩画・関連資料等約140点を一堂に展示しているので、はっきりいって見ないと損。相当お得な美術展なのです。
前回、青木繁を好きな日本画家に挙げましたが、そしたら佐伯祐三もまた入れなくてはならない人ですね。この人の場合、早死しているけど、僕は天才というより努力の人ではなかったろうか、と思います。
今回の美術展を通して、最終的に見えてきたものは、この人の絵は確固たる自分のスタイルを見つけるまでの格闘の記録ではないか、ということでした。
何か一枚の作品がすごくよくて訴えてくるというよりは、全てを通すことによって佐伯という人がより浮き彫りになってくる、そういうタイプの美術展で、普段は全国にばらばらになっている作品が一同にかいしているからこそ、流れがわかるし、作品の変貌の歴史がわかる、そんなよさがありました。

佐伯祐三「裸婦」

佐伯祐三「パリ遠望」

まずは東京美術学校時代、第一次渡仏の頃の作品からスタート。
自画像が卒制のテーマだったらしく、ずらっと自画像が並んでいました。
正直な感想としてはこれはこれで面白いし、秀作ではあるのですが、この頃の絵はまだ学生らしく凡庸で、美術学校にいけばこれくらい描ける人はざらにいるなあ、という感じ。当たり前のようだけど、どんな有名画家にもこういう時代はあるんだよなあ、と改めて思いました。
この頃は、まだ印象派の画家を模倣している段階で、もちろん佐伯独自のスタイルなんてありません。ただ思ったのはすごく素直で、特に上の二枚、すぐわかるように、ルノワールとセザンヌを模倣しています。
そして第一次渡仏期に有名なエピソード、フォーヴィズムの画家、ヴラマンクとの出会いがあります。
先輩、里見勝蔵の紹介でヴラマンクと出会った佐伯は「アカデミック!」という怒声から始まり、一時間半に渡り、罵声を浴びせかけられます。
ゴッホを心の師と仰ぎ、正規の美術教育を受けずに独学で画家になったヴラマンクにとって佐伯のマニュアルに染まりきったお行儀のいい絵が許せなかったのです。

佐伯祐三「立てる自画像」

そしてひどく自尊心を傷つけられた佐伯は今までの作品を全てご破算にし、自分だけのスタイルを模索するため新たなスタートを切ります。その頃描いたのが、上の「立てる自画像」顔が塗りつぶされ、今までの自分を消して、新たな自分を探そう、という佐伯の決意が作品から読み取れます。

佐伯祐三「パリ雪景」

その後、ヴラマンクのジンクホワイトに黒と固有色を混合しながら、あらゆる物質を描き分ける技法を取り入れ、おつゆ描きと併用し、そこに勢いのある線を絡める、という描き方に変わっていきます。
モチーフは村や街頭などに変わり、今まで一枚の絵を仕上げるのに時間をかけていたのがスピードアップし、一気に描き上げるようになります。
プラス、この頃、佐伯はユトリロに傾倒し、石壁や建物、雨風に晒され、ペンキのはがれた剥き出しの壁、これらに心惹かれていきます。これが結局のちの佐伯のスタイルに大きく繋がっていくことになります。
それから一時帰国し、下落合の風景を描きます。実はつい最近、下落合で仕事してたので妙にタイムリーで嬉しかったです。だいぶ風景は変わっていますが、まだ木造の古い家や、もちろん電柱もありますし、なんとなく、昔はこうだったのかなあと情景を重ねてみることができました。
その前までパリの風景の絵だったので、いきなり下落合の古き良き日本の風景に変わると次元の違う異空間に落とされたような感覚があり、少し戸惑いました。佐伯にとってもそうだったろうなと思います。
そして第二次渡仏期。とうとう才能が暴れだします。

佐伯祐三「新聞屋」

佐伯祐三「ガス灯と広告」

佐伯の街頭を描く絵の中から、広告や新聞、看板の存在が浮き上がってきます。それはまるで街の中から自然と湧き出てきた音のように、佐伯の作品に出現します。

佐伯祐三「テラスの広告」

やがて個性の取っ掛かりとして、設けた広告だけではなく、椅子やらなにやら、全ての線が自由にリズムを奏でるようになります。

佐伯祐三「工場」

↑もうこうなると、佐伯の勢いは止まることはありません。ここまでくるともう、確固たる佐伯のスタイル。誰のマネでもない佐伯の個性を手に入れます。
しかし、その黄金時代は2年と続かずに、風邪をこじらせ喀血し、精神をきたし、30歳の若さでこの世を去ります。

と今回は一通り佐伯の人生を追うように書きました。さもないと、佐伯の絵を語るのは難しいなと思ったのでそうしました。
長くなっちゃうけど、実質的な感想はここからです。

青木繁の絵を見た時、未完成だからこそいい、と書きました。佐伯の時は、もっと踏み込んで考えて、完成させるっていうことは結果であって目的になってはいけないんだなと思いました。佐伯の絵は完成作なのですが、格闘の痕跡をそのまま残しています。封じ込めるようなタイプの作品ではありません。白鳥が優雅に泳いでいるところを描いたのではなく水面下で足をばたつかせているようなドタバタ感まで描くような、汗まみれ泥まみれの絵です。
そういうもがいている恥ずかしい部分や苦悩まで包み隠さず描く、だからこその力強さ、逞しさがあります。
時間をかけたからといっていい作品になるとは限らない。鮮度は失われるし、勢いも死んでしまう。その瞬間を描いたからこそ意味がありリアリティーに肉迫することができる。そんな教訓を得ました。佐伯の人生もまたその絵の定義に添うようにあったのかなと思いました。
技術的な面では、ペインティングナイフが活きてましたね。かなりのナイフ使いでした(笑)。分厚く引き伸ばしたり、ひっかいたり、多種多様に使われていました。船なんて一本でグイッと一気に描いたようです。筆に比べて大きく重厚に乗せられるので、迫力を出すのに効果的だなあと思いました。筆で描いているところとの差別化にもなる。2,3種類絵の具をチューブごとキャンバスにそのまま出してそれをナイフで伸ばして中途半端に色が混ざったまま、それを生かして完成させたようなものもありました。
油絵の具いいなあと思いました。アクリルじゃ、あそこまで重厚にはならない。モデリングペーストやメディウム使ってもなんか違うんだよなあ。ひび割れるし。
色は黒の訴える強さが尋常じゃなかったです。樹にも広告の文字にも使われてました。濁ってたりもするけど、油絵って水彩に比べると濁りがまだ気にならないな、と思った。茶系の色と緑、空は大抵グレー、基本的に暗い色調ではあるのですが、その中で部分的に明るい色を配して、あとは広告の文字を始め、線を乱舞させて画面にリズムを生んでいる。
線にはロートレックのような上手さはないけど、筆を動かすスピードの早さ、迷いのなさには圧倒されました。芸術にスピードって大事だな。
今回の美術展を見ながら、なぜ佐伯が広告や新聞、看板に着目したのかを考えていたのですが、その時はわからなかったんです。それから何日かして、ふと思いついたのですが、広告、新聞、看板に共通するのはモノでありながら、メッセージや情報を発信するものということではないでしょうか。
「これを買って。」とか「ここにきて。」とかそこに無造作にひしめき合うメッセージ。いわば街の声です。雑踏から生まれたメッセージ。
だから佐伯の風景画にはそこを歩く人の足音が聞こえ、メッセージを訴えてくる。街頭を描きながら、その実、そこに暮らす人々を描いている。
早くに亡くなってしまうと、かわいそうだとか無念だとか、とやかく言われるけど、僕は少なくとも死を迎える前の数年、佐伯は楽しんで絵を描いていたと思います。あれだけ自由に自分の全てをぶつけて描く絵が楽しくないわけはないと思うのです。

以下美術館レヴュー。

練馬区立美術館は本年10月1日、開館20周年を迎えます。そこで開館20周年記念として「佐伯祐三-芸術家への道-」展を開催いたします。佐伯祐三(1898~1928)の生涯は、大阪で生まれパリで亡くなるまでのわずか30年という短さでしたが、独自の油絵表現を獲得するために格闘するなかで生まれた数多くの作品は、亡くなってほぼ70年経った今も多くのファンを魅了しています。
また、短くも凝縮した芸術家としての人生は、日本の近代美術史を語る上で欠かせない存在となっています。また、佐伯のアトリエが今も残る下落合や、友人たちとの交友の舞台であった池袋・板橋など、佐伯の暮らした東京西北部は現在の練馬区周辺に位置しており、練馬区とゆかりある作家でもあります。本展では、これまで展示されなかった作品も含め、佐伯の貴重な油彩画・水彩画・関連資料等約140点を一堂に展示し、その画風の変遷や表現の比較などを行ないながら、佐伯が生涯をかけて追い求めたものは何だったのかを探ります。佐伯祐三の東京での大規模な展覧会は27年ぶりとなります。
  1. 2005/10/23(日) 11:21:19|
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特集展示 青木繁―《海の幸》100年

先日、東京駅、八重洲通りを抜けて、石橋財団ブリヂストン美術館に行ってきました。
「特集展示 青木繁―《海の幸》100年」を見るためです。

青木繁「海の幸」

青木繁。日本画家で好きな画家を五人挙げよ、と言われたらまずこの人を入れないわけにはいかないと思います。とにかく細かい能書きは置いといて見ればわかるという、そういうタイプの絵です。
今回の特別展は代表作「海の幸」制作100年を記念して改めて、青木芸術に迫ろうという美術展です。
「海の幸」を見て一番感じることは、作品は無理に完成させるものではない、ということです。この絵は誰が見てもわかるほど未完成の作品です。キャンバス地が見えているし、構図線や下書きもばっちり目に見て取れるのです。
なのに青木自身の代表作であることは誰もが認めることであるし、重要文化財にも指定してあります。
その魅力はなんであるか、この絵が何故人の心を惹き付け離さないのか、その答えこそ未完成であることなんだと思います。
とにかく線が生きている。初期衝動を真空パックしたように絵が鮮度を保っている。絵自体に血が通っているように生命力を称えています。
もしこの絵が完成したものだったら、テクニックで封じ込めていくような作品だったら、これほどの勢いはなかったでしょう。
そしてこの絵は100年の中で変化を遂げています。青木が貧しかったことで、いい絵の具が買えなかったせいもあるのですが、経年による劣化、退色が起きています。青木自身の書き直しやその後、キャンバスが木枠から何度もはずされて張り直され、修復も少なくとも2度は行なわれています。
ムンクは絵が時間の中で人の手を渡り、変化していくことも含め、自分の作品は完成していく、というようなことを云っていましたが、そんなことを少し思い出しました。
青木の場合、どんな変化があろうと、この絵の持つ、コンクリートが剥き出しになったような無骨さ、男らしさ、力強さは揺らがない、そんな不動の自信のようなものさえ窺え、ほくそえんでいる青木の姿が目に浮かぶようでもありました。では、他の青木作品の感想にいってみましょう。

青木繁「大穴牟知命(おおあなむちのみこと)」

↑この絵は古事記にある物語を題材としたものです。兄たちに欺かれ、焼き石をつかまされて死んだ大穴牟知命をキサガイヒメとウムギヒメが蘇生させるシーン。こんなポーズで描けるのは見事だなあ、と思いました。

青木繁「わだつみのいろこの宮」

↑「海の幸」の三年後に産み落とされた、もう一つの重要文化財。
「海の幸」と同じく布良の海で着想されたとあります。これも古事記にある話を題材としたもので、兄から借りた釣針をなくした山幸彦が海底にある宮殿へとくだり、海神の娘、トヨタマヒメとその侍女に出会った場面を描いています。
「海の幸」が未完成の傑作だとすると、「わだつみのいろこの宮」は完成の傑作と云えるのではないかと思います。青木の絵の中では、驚くほど静かで深い美しさを感じる絵です。「海の幸」の荒々しさと好対照をなす、傑作です。

ポール・セザンヌ「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」


ポール・セザンヌ「鉢と牛乳入れ」

↑青木の他にも、常設の絵画が素晴らしかったです。筆頭はこのセザンヌの絵。ここ何年かで異常にセザンヌ好きになったのですが、ブリヂストンでもやはり力強く存在感を放っていました。ポストカードで売ってなかったのですが、モネのベネチアを題材にした絵も、いつもの睡蓮とは違っていい感じでした。

ジョルジュ・ルオー「郊外のキリスト」

↑そしてルオー。今回の常設で一番よかったです。正直ルオーの絵をいいと思ったことはあまりないのですが、ブリヂストンのルオーのコレクションはセンスがいい。まるでルオーのための部屋とでもいうような小部屋にルオーの絵が3点飾ってあったのですが、どれも黒の絵の具が異様な強さを感じさせ、心のストライクゾーンにバシーンと入ってきました。ここを見ないでルオーを語るなかれ、ですね。椅子にこしかけて、「郊外のキリスト」をじっくり眺めていたんですが、動きたくなくなって、ここが自分の部屋ならどんなにいいことだろうと感じました。いい画家だったんですねえ。
他にはバッカス祭をテーマに描いたドニの絵もこの上ないほど華やかで素敵でした。ミュージカルのように、リズムを感じられる絵だった。
あとはジャコメッティの彫刻。強烈だなあ(笑)。森美術館でも今年はお目にかかれたけど、この人の彫刻ばっかり集めてくれたら相当面白い美術展になるだろうな。顔は縦にぺしゃんこ、体は横にぺしゃんこになってます。ぶっちゃけ、同じ部屋に飾られているピカソの彫刻がかわいそうでかわいそうでなりませんでした(笑)。目立ちすぎ。

藤田嗣治「猫のいる静物」


藤田嗣治「ドルドーニュの家」

↑日本画壇も負けてはいません。そうそうたるコレクションが揃っています。
浅井忠、黒田清輝、藤島武二、関根正二、藤田嗣治、佐伯祐三、岸田劉生、その他色々あります。
特に藤田の乳白色の絵肌と自由自在の細線に感動しました。海外の賞をソウナメにしただけあって、かなり独自性が強く、他では見る事のないオリジナリティにあふれた絵画です。岸田劉生は一点のみでしたが、存在感は充分で、かぼちゃを持った女が大地にたくましく立っている絵です。麗子像とはだいぶ雰囲気が違うのですが、この画家の選ぶモチーフはいつも面白いです。もっと色んな作品を見てみたい画家ですね。静物の重量感を描くのが大変上手な画家という印象です。

最後にブリヂストン美術館自体に関しての感想を書きます。本当に一流の美術館だと感じました。個人のコレクションがスタートなので小規模ではありますが、他の美術館に比べてコンセプトがとてもしっかりしていて明確だという印象です。お客様への気配りも万全を期しています。
まず美術館の内装が白で統一されていて、とても明るく綺麗です。1Fのフロアの奥に大きめのロッカーが用意されており、そこに荷物を預けてから鑑賞できるようになっています。
ミュージアムショップが非常に充実していて、ここでしか買えないグッズも用意してあり、かなりお洒落なアイデア商品が揃っています。美術館グッズってあまりほしいものないんだけど、ここのはすごくじっくり見てしまいました。ポストカードも50円で買えちゃいます。
ミュージアムショップの横にはティールームもついていて、待ち合わせをするもよし、帰りに感想を語らうもよしです。
エレベーターで2Fに上がると美術館。作品を守るための湿度、照明の調節はもちろん、無理に多くの作品展示をせず、適度な間隔をとってのレイアウトをしています。
小部屋で、区切って見せているので流れがわかりやすく、目が飽きるのを防いでくれます。各部屋で休む為の椅子も、他の美術館よりも多めに配置されているように感じました。
特にこちらの美術館でとても力を入れていると感じたのは、お客様にしっかり作品を理解して帰ってもらおうという心掛けです。
作品に関連した資料が充実していて、開館以来、土曜講座(毎週土曜日に行なわれる大学教授による美術・学術講演会)を続けています。
その他にも様々な企画、プログラム、コンサート、ギャラリートーク(開館日に毎日、美術館スタッフにより行われています。)などに力を入れています。

以下、美術館レヴュー。

青木繁(1882-1911)は、28歳という短い生涯に数々の優れた作品をのこし、明治浪漫主義美術の代表者として近代日本美術史に大きな足跡をのこした画家です。
とりわけ代表作《海の幸》(1904)は、その神話的な内容の豊かさと親しみやすいモニュメンタリティによってひろく愛されてきました。2004年には、この《海の幸》の制作100年を機に、東京文化財研究所の協力をえて、高精細デジタル画像や赤外線撮影による《海の幸》の光学的調査と青木の故郷福岡県久留米市と制作地である千葉県館山市布良の現地調査が行われました。
本展は、こうした調査の結果を紹介するとともに、《海の幸》および《わだつみのいろこの宮》《大穴牟知命》など、石橋美術館とブリヂストン美術館の所蔵による青木の作品約20点を一堂に展示し、青木芸術を改めて振り返るものです。
  1. 2005/10/11(火) 17:01:30|
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ギュスターヴ・モロー展

先日、Bunkamura the museumにてギュスターヴ・モロー展を見てきました。
モローは小品は何度か見たことがあったのですが、今回は本家本元のモロー美術館(画家本人の自宅でありアトリエであり、それを画家本人が美術館にしたもの。)からやってきた作品のみで構成された美術展。大作がかなりの量来ていて、ここまでモローの作品を見られることもないので、絶対に行かなくては、と思っていました。
しかし今年の美術展はスベり知らずですね。今回のモロー展も非常に充実していて面白かった。毎年こうだといいんですけど。
前述した通り、モローに関しては小品は見たことがあって、その時の印象は印刷からは想像できないくらい重厚な絵肌を持っていて、迫力があるというものでした。今回の美術展を見てその思いは更に深まった感じです。
やたら幻想的とか神秘的というイメージが先行しているけど、実際本物を見ると、確かにそういうイメージもあるんですが、もっとインパクトがあってダイレクトな表現という感じがします。とにかく、絵を前にした時の衝撃が強い。
けっこう盛り上げて描いてるんですよね。
やってることはラファエル前派(ミレイ、ロセッティなど)に似ているようで絵の持ってる性質は全くの別物です。絵の強さがドラクロアに似てると思ったら、どうやら影響を受けてたらしい(憶測のようですが)。自画像は確かにドラクロアのそれと似通っていた。
それで今回も圧倒されっぱなしだったんですが、特に代表作「一角獣」「出現」の二作の存在感といったらすごかった。

ギュスターヴ・モロー「一角獣」

ギュスターヴ・モロー「出現」

実は今回「出現」が一番見たかったのですが、この二作で見られるモローの表現は特筆すべきものであり、かなり異質であると云えます。僕は油彩でこんな表現を見るのは初めてでした。その表現というのは人物や建物の装飾部分を、墨の細線によるアラベスク模様でまるで透し彫りのように描きこんでいる部分です。これがピュアで色彩豊かな「一角獣」、グロテスクで超常現象的な「出現」に独特の浮遊感を与え、作品を唯一無二のものに昇華させています。(その部分、画像だとすごくわかりづらいですね。)
「出現」はサロン出展用に描いていた絵で、結局サロンには間に合わず、晩年になってその細線による装飾を加えて完成させたそうです。
大抵、画家の絵を見ると、その作者の性格が窺い知ることができるのですが、モローに関しては全く読めません。「エウロペ」、「ヘラクレスとレルネのヒュドラ」なんかは明らかに完成形とわかる作品なのですが、他の作品では習作か完成形かわからないくらいタッチが荒いものもある。

ギュスターヴ・モロー「ヘラクレスとレルネのヒュドラ」

習作もワンパターンじゃなく本当に色んな画材で描いてるし、タッチも全然違うし、本当のモローはどれって感じでした。あと、モローはお金持ちだったんだろうな(笑)。他の画家だったら本番用っていうくらい馬鹿でかいキャンバスを習作用に使ってましたから。
ただ、絵を勉強してる人にはすごくためになる美術展だと思いました。習作がとても充実していて、アイデアの出し方から、試行錯誤があって、完成に至るまでの課程まで見せてくれるような美術展だった。うん、今回影の主役は習作だったかもしれない。他の人の習作ってつまらないものが多いけど、この人のは幅が広くて面白かったですね。
あと今回の美術展には、普段美術館で見かけないようなタイプの人がけっこういた気がします。美術館てけっこうお堅い感じがして、行かない人って全然行かないと思うんですけど、神話やなんかを題材にしているせいか、入り込みやすかったのかなあ、なんて思います。
宗教絵画の清らかな神々や天使より、怪物とか妖艶で残酷な女を描いた絵の方がなんとなく面白そうだしとっつきやすいですよね。僕も若いからはっきりそういう反応しちゃいます。神話を知らなくてもゲームやなんかで一度は聞いた事ある名前の英雄や怪物がモデルになっているし。
日本にくるのはおばあちゃん好きする情緒的な印象派ばっかりですけど、たまにこういうのが来ると嬉しいですね。ボッスとかも来ないかな。期待しちゃいます。
今回キャプションを読んでてヘラクレスってイメージ変わりましたね。モローの描くヘラクレスって、他の画家のヘラクレスみたいに筋肉ムキムキのマッチョマンとは違ってすごくしなやかな筋肉で描いてるんです。それだけじゃなくて性格までちゃんと描けていて、英雄ヘラクレス、というよりは人間ヘラクレスだった。ヘラクレスは狂気の発作で、何度も過ちを冒して、その償いに神様に色んなところに飛ばされて、時には化け物を退治したり、女のいいなりになったりするんですよ。なんか出張にあったサラリーマンみたいだな、と思ってすごく親近感わいた。「ヘラクレスとオンファレ」なんて奥さんの尻にしかれる夫そのものでした(笑)。

ギュスターヴ・モロー「ヘラクレスとオンファレ」

しかしTBをつけてて思ったのですが、モローファンの方々は熱い!すごく詳しいし丁寧に書かれてますね。思い入れも強いようです。僕の知らないことがいっぱいあります。勉強しないとな、と思います。

以下、美術館レヴュー。

神話や伝説の世界を題材に、19世紀末のパリにおいて独自の耽美世界を構築した象徴派の巨匠ギュスターヴ・モロー(1826-1898年)。その煌めく宝石のような作品は観るものを魅了してやみません。本展は、モローが作品と邸宅をそのままフランス国家に遺贈したギュスターヴ・モロー美術館の珠玉の作品を一堂に会し紹介するものです。名作「一角獣」「出現」をはじめとして、初期から晩年に至るまでの油彩、水彩、素描など全279作品で、孤高の世界を築き上げたモローの耽美世界に誘います。
  1. 2005/09/29(木) 01:57:46|
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