イラストレーター秋山亜軌の日記を中心としたブログです。イラストレーターとしての活動報告をはじめ、美術や映画、音楽の話、興味のある出来事など、幅広い話題を独自の意見を絡めて執筆しています。

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小旅行

昨日、万博に行ったメンバーで日帰りの小旅行をしました。
その前の晩に、ベトナムに行った友達の土産を肴に軽いホームパーティーじみたことをしてたんです。サンマや、なんたらヨンジャとかいうキムチのように辛いのをつまみながら、ビールとかバナナで作ったブランデーを飲んで。
プーケットに行った子もいて、そんな海外の話を聞きながら、写真を見てキレイだねーとか云って、そのホームパーティーはほんわかムードで進んだんです。
まあ、そのまま解散でもよかったんですけど、三連休ってことで余裕もあるし、泊まって行くことに。
そこの家主の子が次の日、他の友達とバーベキューの予定があったので、どのみち起きたら帰らなきゃいけなかったんですけど。
ところが次の日は雨で、バーベキューは中止になり、皆で遊べるようになったんです。
いったん帰った子が車で迎えに来てくれて、そいつで出かけることに。
かなり行き当たりばったりな展開で始まったドライブでしたが、こうなることを予想してか、しまいか、行くところは決まっていました。
それは世界最大の大仏を見に行くこと。車持ちの子が大仏や寺が大好きなのもあったし、久しぶりのドライブなので外は雨だったけど、皆ノリノリでした。
とりあえず、マックでテイクアウトして車内で昼食。昨夜のブランデーが胃を荒らしてて、思いのほか食が進まなかった。(と云いながら、ものすごい量食べたんですけどね。時間かけて。)
ではでは、今回の小旅行をダイジェストでどうぞ。

①「牛久大仏
茨城、牛久まで車を飛ばすと、森の中に巨大な大仏様がその姿を現しました。
あまりに巨大で思わず、笑ってしまったのですが、ものすごくインパクトがありました。高さ120メートル、総重量4000トン、あの奈良の大仏が手の平に乗ってしまう大きさというから驚きです。
田舎がこっちの方なので、ひょっとしたら小さい時に見たことあるのかもしれないんですが、こんなに大きな大仏様があったんですねえ。
なんというか、信仰の偉大さを感じました。信じる人、一人一人の気持ちが結実して、この天にも届く超高層大仏になった、そんな気がしました。色々考えるというよりは、あまりの大きさに遠近感が狂って、とにかくその巨大さに圧倒されるばかりでした。
神様がもしいるとするなら、それは僕らにとって計り知れないものであってほしいと思うんですよ。だからこのビジョンは一つの神様の姿としてはすごく正しいように思いました。
実際神様を見たらね、僕らにそれが理解できる範囲のものかはわからないと思うんですよ。ただただ、うわあって訳がわからなくなってしまう方がリアルかもしれない。いちいちこちらが思考を挟む余地のない迫力と存在感、それだけで充分、という気もします。
偶像崇拝っていうのは、ある意味神様を限定するし、手の届く範囲に持ってくることでもあり、人間にとって神様を都合のいいものにすることでもある。だから、イスラムの人は偶像崇拝禁止にもする。でもそこに存在するなら、見たい、触りたい、っていう心理もまた人間らしい部分であると思うんです。
そういう人間心理を反映したものとして、神様を見ると、面白いものだな、と思います。
8月15日には万燈会といってライトアップされるそうです。さぞきれいでスケールがでかいんだろうなあ。ぜひその姿も拝んでみたいものです。
そういえば、ここで友達が動物のフンを踏んで、車内が悪臭に満ちました。
目的を達成すると普通、全体のテンションて下がって、誰か寝だすものだけど、このハプニングのおかげで全体のテンションが下がることなく、子供ばりにう○こネタで盛り上がったのでした。一時間弱その話題だった気がします(笑)。けっこうう○こネタで話膨らむんだなあって意外でしたよ。
どうでもいいけど、この日の僕は自分でもびっくりするくらい笑いが冴えてました(自画自賛)。

②「成田山
お次は千葉県、成田山へ。成田山は日本の古き良き風情があってお泊りしたくなるような、行く人と行けばすごくロマンスが生まれそうな(笑)ところですね。仏教の難しいことはよくわからないけれど、そこには日本人として心に響くものがありました。無条件に体が震えたり、荘厳な何かに包まれる感じがあって、小雨が降っていたのも手伝ってか、すごく幻想的な雰囲気でした。
罰当たりな話ですが、小さい頃はお寺とか仏様とかは退屈なものでしかなくて、大人はなんでそういうところに行ったり、見たりするのが好きなんだろうって思っていたのですが、この年になってみると、よくわかる気がする。
子供の頃は感受性が鋭くて、大人になると鈍くなるというけど、子供より大人のほうが感じ方は広がってるんじゃないかと思いますね。
大人になると悩みが増えるし、過去もできるから、想像力の行き来ができるようになる。
子供にはまだ悩みもないし、過去がない分、遡って想像したり、何かに関連付けて発想したり出来なかったんだと思う。
ということで少し大人の贅沢した気分で、その日本の風情を満喫しました。
煩悩を断ち切るための長い階段を登って、月明かりを反射する池に渡された橋を歩く。池の中心の六角形の踊り場で雨の匂いに鼻を近づける。森林の涼しい空気と土の匂いも混じっている。
美しい詩のような世界がありました。
最近何かというと美術館ばかり行っていますが、四角い部屋と額で区切られた作品と違って、成田山は風景と一体になった美術館といった感じで、新鮮でした。壁がない世界で見る芸術作品というのは開放感があっていいものですね。
スケールが大きくて、目だけじゃなくて体全体で楽しめる。

③「鳥小屋
中目黒にあるモツ鍋のお店。店内には芸能人のサインがずらーっと並んでいます。ハセキョンとかはしのえみとかアヤパンとか。僕と同じくらい食いしん坊な女の子がいて、その子が教えてくれました。
ここはめちゃくちゃおいしかった。モツのくさみもなかったし、とにかく柔らかい。脂身も肉のそれとは違って、全然しつこくないしとろけるような感じ。
あまりおなか空いてなかったのに、箸が止まらなかったですからね。キャベツも甘くて柔らかくて、これは家で作れない、と思いました。ほんと、モツってこんなに柔らかいんだって思った。もっと噛み切れなくて臭くてっていうイメージでどちらかというと好んで食べるものではなかったんですが、全くの別物ですね。秘伝の汁も野菜やモツのダシとあいまって、深いコクを生み出していて最高でした。
できるまでにグツグツ煮込んで、待ちがあって、「はい、どうぞ」って店員さんが合図を出すと、皆いっせいに箸で突付きだす。その様がまさに「鳥小屋」なんだ、と思いました。
皆たまんなそうにしてましたね。テンション高いし、ドーピング打たれたマウスみたいに興奮してました。
もちろん皆で食べるからおいしいというのは云わずもがななんですが、食というのはいいものですよね。それを共有すると共通の記憶が残るわけですよ、お互いに。味も香りもそこに刻まれるから、ただの思い出と違って、なかなか薄れないわけですよ。だから家庭にはそれぞれの家庭の味があって時々懐かしくなったり、それがより強い絆になったりしているわけじゃないですか。田舎に帰る理由にもなったりして。
家族が集まって食事をとるってことはすごく幸せなことで、それができるできないで、その家族が幸せがどうか決まるくらい大きいターニングポイントになるんじゃないかなあ、なんて思います。
鍋っていうのは特に家族を連想させますよね。それに色んな個性がぶつかり合ってうまさを出す食べ物ですから、深い。煮立った中に投げ込まれて、時にはつぶしあうこともあるし、入った具材によって、味が変わり、時間と共にダシがどんどん出て行く、味は深みを帯びてハーモニーを奏でる。最初しゃきしゃきだった野菜はしなびていくけど柔らかくなりまろやかになる。まさに人生。
何云ってんだ、こいつって思うかもしれないですが(笑)そんな感じ。
全て平らげた後は、その全てのダシが抽出された汁の中にご飯を入れてそいつを頂く。唐辛子も少し入れて、アクセントを効かす。ここに至るまでの課程をご飯が吸い込んで、今までを見せてくれる。
なんて素敵な食べ物なんでしょう。しかも一人2500円で済む、安さ。素敵だ。また来よう。

ところで維持費が大変だ、とかなんとかで、友達がもうすぐ車を売るとか捨てるとか、云うので僕ら必死で引き止めてました。僕らにとっての今の心臓部分なので、そうはいくかと必死で戦っていくつもりです(笑)。負けないぞっ。やっぱり車持ってる男はかっこいい。
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  1. 2005/10/10(月) 21:49:40|
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