イラストレーター秋山亜軌の日記を中心としたブログです。イラストレーターとしての活動報告をはじめ、美術や映画、音楽の話、興味のある出来事など、幅広い話題を独自の意見を絡めて執筆しています。

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フツウ

前にサイトでnovelというコーナーがあり、そこでヒマを見計らって書いた小説をちょろちょろっと発表していました。その中で一番評判があった「フツウ」という小説を、今日はアップします。一応ジャンルとしてはB級サイコスリラーですかね。ある種の安心感を与えてくれる、平均的な価値観に対して果たしてそれでいいのか、という問いを投げかけるような話になっています。それでは本編です。どうぞ。

フツウ


1、杉田菜美は日々に嫌気がさしていた。大学卒業後、大手デパートに就職し事務仕事を三年間こなし、昇進も決まり後輩も出来た。去年の春から年上の彼氏も出来て、人生は上り調子に見えた。だが杉田には彼氏とのデートより、デパ地下のデザートより気になっているものがあった。それは後輩のアカリが先週昼食の時に持ってきた雑誌の切り抜きだった。その切り抜きの見出しはこうだ。

「超オススメ!あなたもメチャモテ美人に生まれ変わる。」

詳細には、新設した整形美容サロン「ジェシカ」に15名様、御優待。アロマエステ、美顔マッサージ、ネイルアート、脱毛、脂肪吸引、自然なのにビックリするほど美形になるジェシカ風整形、これをフルコースでなんと5万円!!と書いてある。
杉田はこの手のものには興味が無く、自分の顔にこれといって不満を感じていなかったが、充足されない心の隙間にその「生まれ変わる」というコピーがすうっと染み込んでいくのを感じていた。杉田は人生の階段を一歩一歩たんたんと上ってきた。さほど挫折というものを味わったことは無かったし、かといって大きな成功を得たことも無かった。何もかもがのっぺりとして平坦で無茶をすることやスリルとは縁の無い生活を送っていた。昨日そのことを彼氏に話したら、「そんな贅沢なこと云っちゃいけないよ。菜美は菜美のままでいいんだよ。」と促された。
杉田の彼氏もごく一般的な男で車の営業をしていて年収は400万、顔も二枚目というほどではないが三枚目というほど面白くも無かった。
杉田は仕事の帰り、山の手線の電車の中で「普通」ということを考えていた。
祖母は彼氏と同じように「外国では戦争が今もたくさん起こっていて、アンタがこうして普通に暮らしていることはとてもありがたいことなんだよ。」と生前話していた。窓の外にはいくつも住宅が建ち並んでいて、闇にぽつぽつと幸せそうな家庭の灯が浮かび上がっている。電車がガタンゴトンと音を立て次第に速度を上げると、街の灯は涙のように流線型を描いて窓のフレームから消えた。車内の若いサラリーマンが携帯ごしに大声で喋っている声が聞こえる。友人と話しているのであろう。
「いやー、フツウに笑ったね。あんなに笑ったの数年ぶりだよ。」
杉田はふと思った。笑うのに普通も何もあるのかな、と。とにかく「普通」というのはこの現代ではかくも希少なことらしい。
杉田が近所のコンビニで買い物を済まし、並木道の通りを歩いている時だった。突然、角のアパートから男の奇声が聞こえた。
「歯を抜きたがる歯科医はヤブ医者だ!」頭のおかしい人か、酔っ払いが叫んでいるんだろう、と思って杉田はそこを小走りで通り抜けた。途中、犬を抱いて伏目がちに歩く女の子と目が合い、立ち止まった。女の子は「お風呂に入らなきゃね。」と犬に話しかけて笑っている。杉田は再び走り出して、自分のマンションまで辿り着くとエレベーターのスイッチを連打した。部屋のある階でプシーッと軋んだ音と共にドアが開くと、杉田はようやく胸を撫で下ろした。部屋に鍵とチェーンを掛け、玄関にへなへなと崩れ落ちるように座り込んだ。ふうっと息を漏らして「やっぱり普通が一番。」そう独り言を云ってしばらくそこで目を閉じた。

2、
あくる朝、杉田がデスクで書類のファイリングをしていると甲高い声で「センパーイ!!」と後輩のアカリが駆け寄ってきた。アカリは左手にヴィトンのバッグを下げて、右手は制服のポケットに突っ込んでいる。「何、どうしたの?」と杉田が聞くともったいぶるように含み笑いをして、デスクの上にチケットを二枚差し出した。
「この前、見せたじゃないですか、美容サロンの切り抜き。あれ、抽選当たっちゃったんですよお。センパイもしよかったら一緒にいきません?整形は希望しなければ抜きのコースもあるそうですよ。」
杉田はうーん、とあごに手を当ててしばらく考え込んで渋った顔をした。
するとアカリが「じゃあ、エリと行くからいいです。」と云って立ち去ろうとしたので杉田は振り返って
「あっ、待って。やっぱり行く!!」と云った。
アカリは「そうこなくっちゃ。じゃあ今週の日曜開けておいて下さいね。」と調子のいい笑顔で云った。
日曜日、銀座にある美容サロン「ジェシカ」の周りはちょっとした人だかりができていた。人だかりは一般の通行人らしかったがほとんどが女性で、黄色い声を上げている。取材のクルーもいる。杉田はインタビューを求められたが断って人ごみから少し離れたところでアカリを待っていた。ジェシカの新設はどうやら雑誌だけでなく、新聞やテレビでも取り上げられ話題となっているようだった。杉田はそういった世間のブームにはあまり関心が無くて、アカリにからかわれることがしばしばあった。
時間が経つにつれ、人だかりは膨れ上がり道路にまではみだして、車の通行の妨げになっている。一台の乗用車がピピーっと激しくクラクションを鳴らした。
しばらく待っていると「センパーイ!!遅れてすいませーん。」とアカリのトーンの高い声が遠くから聞こえた。こっちこっちとアカリが店の前で手を振るので杉田は人ごみをかきわけてアカリのいる方へ走った。途中でつまずいて転びそうになるとアカリが手を取って、店の中まで誘導してくれた。

3、
美容サロン「ジェシカ」の内装は白い壁面にアールヌーヴォー風の花や草をかたどったデザインが施されている。店内の両端には脚の細長い机があり、その上にピンクのバラが青い花瓶に生けてある。一階には整形、脱毛、メイクの各部屋が三つ並んでいる。
スタッフが三人ほど慌しく開店の準備をしている。一階正面には二階とつながる長い階段があり、そこから黒いドレスの女が降りてきた。スタッフの一人がその女に「先生、準備が整いました。それではお願いします。」と云った。
店内は女性客の話し声でしばらくざわついていたが、黒いドレスの女が現れるなり、波が返すようにさあっと静まり返った。
黒いドレスの女は髪をアップにしている。首に大きな真珠のネックレスをつけて、それが大きく開いた胸元で揺れている。
ドレスの長い裾を引きずりながら階段を下りる度に、そのドレスより黒いハイヒールが裾から見え隠れして、杉田は絵にも描けないとはこのことだ、と思った。特にその顔は美人の典型と云えるほどに完璧だった。目は大きく二重で、長いまつ毛はピンと空を向いている。鼻は適度に高く、唇はふっくらとまるで今にも実った果実のようだ。
左右で寸分の違いもないシンメトリーな三角の輪郭。肌はきめが細かく、透明に透き通っている。その女が杉田達に向かって喋り始めた。
「本日は私のサロン、「ジェシカ」へようこそ。私達、女にとって美とは一生のあこがれであり、誰でも輝く権利を持っています。今回皆さんを特別優遇としてお招きしたわけは、まず私共の美容システムを知って頂いて、国内でも最高レベルの技術を体験し、より美しく輝いて生まれ変わって欲しいからです。」
たいしたことを云っているわけではないのだが、女の喋り方には独特の間があり妙に説得力があった。
「私は40歳です。」そう続けると再び店内がどよめいた。
「誰でも私のようになれるのです。」女は付け加えて二階へ上がっていった。
杉田達の他に十数人の客が居た。大学生から休日を利用してきたであろうOLや中には40から50歳くらいの皺の寄った小太りの中年まで居た。杉田が「あの人40って嘘だよねえ?皺一つ無かったし。」とアカリに聞くと
「センパイ知らないんですかあ?あの人ジェシカって云う有名なカリスマエステシャンなんですよ。今までファッション誌だけで活躍してたんだけどそのジェシカが店を開くってことで大騒ぎになってるんすよ。店の前でさっき野次馬が騒いでたけど、あれってここがオープンしたってより、ジェシカ見たさで人だかりできてたんすよ。皆ジェシカみたいになりたいって云ってるんすよ。エリも云ってたし。センパイ、時代に置いてかれちゃいますよ。」と呆れて答えられた。
ふうん、そうなんだ、と杉田は呟いた。確かに店のウリはそのジェシカ自身にあるようだった。よく店内を見渡すとサロンの
パンフレットにもポスターにも美容メニューにもジェシカの名前と写真がある。
スタッフの一人が「それではまずジェシカ風整形を希望される方とそうでない方でコースが変わりますのでどちらを希望するか選択して下さいね。」と云った。
杉田がアカリに「ねえ、顔いじるとかさすがに親に悪いよねえ?」と聞くとアカリは迷わず答えた。
「センパイ、あたしってはっきり云って美人じゃないし、この顔じゃ捕まる男も決まってるんすよ。それにあたしジェシカのもうすっごいファンなんすよ。ジェシカみたいになれるんならあり金いくらでもはたきますよ。こんなチャンスないんすから。これで明日から大手を振って街を歩けるってもんです。」
と云ってジェシカ風整形コースに丸をしようとした。杉田が附に落ちない様子でそれを制止した。
「アカリはこの世に一人しか居ないんだよ。特別な存在なんだよ。いくら好きだからって云ったってあの人と同じ顔にすればあの人と同じになるわけじゃないんだし、もっとよく考えて決めなよ。」
杉田が少し感情的になるのをアカリは半分笑いながら聞いている。
「センパイ。あたし何も特別なものなんていらないんです。むしろ普通の幸せがあればいい。普通に見られたいんです。センパイはそのまんまでもキレイだから、文句ないだろうけどあたしは何も持ってないんです。だからせめて普通に見られたいんです。」
アカリは自虐的なことをまるで日常の会話をするようにあっけらかんと話した。まるで、今日のランチはまずかったですねというのと同じ調子で。杉田にはこんなアカリが理解できなかった。自分は普通であることを忌み嫌っているのに、それを祈るように望み欲する人も居る。杉田にはそれが同情ではなく本当に理解しがたいものだったのだ。
杉田はどうしても顔をいじるのに抵抗があって、整形抜きのコースに丸をした。
アロマオイルを全身に塗りたくられながら杉田は横目でアカリのグループの方を見た。アカリ達、整形希望の志願者は十人も居た。整形グループは何かジュースのようなものを飲んでいる。杉田がエステシャンに「あれ、何飲んでるんですか?」と尋ねると
「あれは全身の新陳代謝を内側から促すと共にリラックス効果をもたらす栄養剤なんですよ。」と云った。
杉田は突然尿意に襲われて「すいません。トイレお借りしたいんですけど、どちらになります?」と聞くとエステシャンが、二回の角になります、と云って肩にバスローブを掛けてくれた。

4、
杉田が便座に腰掛けているとトイレに誰かが入ってきた。そのあと続けざまにもう一人入ってきて二人でこそこそ何か話している。
一人が「先生、大丈夫ですか?」と云った。
先生と呼ばれた方は「何だか具合が悪いの。」と答えた。その声は先程聞いたジェシカという女の声だった。ジェシカの声がうわずっているように聞こえ、様子がおかしいと思った杉田は息を殺して耳を澄ませた。
「先生、注射のお時間ですよ。」
「もうこんなことやめましょう。私にはもう続けていく自信がありません。」
「先生、何をおっしゃいます?このジェシカ風整形は今回オープンのメインプロジェクトとして莫大な費用を投じて行っているんですよ。今更、中止になんてできませんよ。」
「今ならまだ間に合います。こんなことはやめましょう。私のような人間を増やしてはなりません。」
「それにしても、この深海鮫のエキスにこんな副作用があるとはねえ。折角キレイになったのに先生もさぞがっかりでしょう?」
「いずれバレてしまうことです。今からでも遅くない。ありのままを話しましょう。」
「ご安心下さい、先生。あの子達にはビルカジュ-スを飲ませてあります。記憶は書き換えられ、誰も外で我々の不利益になることを云うものは居ない。そのためのマニュアルも作成済みです。彼女達はいわば広告塔。先生は何も案じる必要はありません。これは一大ビジネスになりますよ。」
そこで杉田がドン、と勢いよくドアを開けると二人は一瞬たじろいだ後、杉田を凝視した。杉田はジェシカと目が合うなり、全身の血の気が引いた。ほんの数時間前まで完璧な美を誇っていたジェシカの顔はただれ、崩れ、顔の筋肉がヒクついて頬の肉が鼻の下の位置までズリ落ちている。
「ビルカジュースって何?アカリ達をどうする気?」と杉田が叫ぶと、隣に居るスタッフが杉田の腕と口を抑えて羽交い絞めにし、
「聞かれたからには黙って帰すわけにはいきません。」と云った。
口をハンカチで塞がれ杉田の意識は遠のいていった。目の前がもやがかって足がフラついていた。杉田は残っている僅かな力を全部ブーツのかかとに集中してスタッフの足を踏みつけた。
「ぎゃあっ!」
と声を上げてスタッフは床に転げまわった。杉田は呆然と立ち尽くしているジェシカを押しのけて、フロアに飛び出すとアカリのグループが居る一階を目指して階段を駆け降りた。整形ルームと書かれた部屋のすりガラスに人影が浮かんでいるのを見つけ、ドンドンと思い切りノックした。ドアが内側から開かれ、確かにそこにアカリは居た。
アカリというよりアカリの服を着たジェシカだ。アカリだけではない。客の十人の顔全てが、ジェシカの顔になっている。

アカリは「センパあイ、
 アたし・・・  
 きレイニ  ナッタんデスよオ 
    ウレシいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

と云った。アカリの目は完全に焦点を失っていて、口から涎まで垂らしている。近くに居るスタッフがアカリの腕に注射を打って
ええ、とってもお綺麗ですよ、と笑った。

「狂ってる。」

そう吐き捨てると杉田は一目散にサロンの入口まで引き返し、ドアを開け放つと野次馬をかきわけて、銀座の街の奥の奥へと走っていった。空は灰色にくすんでいる。人ごみの中をどこまで走っても杉田の目には人の顔が記号化され無限に続く数式のようにしか見えなかった。




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  1. 2005/03/26(土) 01:03:04|
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